チェスキー・クルムロフ スヴォルノスティ広場

橋から観たヴルタヴァ川 石畳の橋
スヴォルノスティ広場 
ヴルタヴァ川に掛かる石畳といくつかの彫刻が立つ橋を渡ると、スヴォルノスティ広場を中心とする旧市街があるコブの様になったもう一方の土地へ行けます。
スヴォルノスティ広場はあまり広くはありませんでしたが、中心部には聖母マリア柱像があり、周りには様々な形や色の建物が建っていて中世の面影が感じられました。

拷問博物館の看板 拷問博物館の案内板
中華料理のお店
その広場には、建物は中世風の建物ではありますが「上海飯店」という中華料理のお店があったり、少し行った所に「拷問博物館」があったりと、この街には似つかわしくないと思われる様なお店などがあったのが、面白くもあり、また驚かされもしました。

チェスキー・クルムロフ チェスキー・クルムロフ城

チェスキー・クルムロフ地図
チェスキー・クルムロフはプラハから南へ約180km、バスで3時間程度のドイツ国境近くにある中世そのままの街並みが残っている古都です。
ヴルタヴァ川が蛇行する川沿いに発展した町で、ヨーロッパでも有数の歴史保存都市として世界遺産にも登録されています。
川によって2つのコブのような土地に別けられ、一方にはチェスキー・クルムロフ城があり、もう一方にはスヴォルノスティ広場を中心とする旧市街があります。
13世紀から現在に至るまで続いている町ですが、歴史的に重要な時期は、ロジェンベルク家の支配下にあった16世紀と、シュヴァルツェンベルグ家に支配されていた18世紀で、周辺の南ボヘミアに大きな影響を及ぼしたと言われています。

チェスキー・クルムロフ城
第2の中庭から観た「だまし絵」が描かれた城壁 1 第2の中庭から観た「だまし絵」が描かれた城壁 2
居住棟 城の塔
城の塔から観た町並み 1 城の塔から観た町並み 2
城の塔から観た町並み 3 城の塔から観た町並み 4
チェスキー・クルムロフ城は13世紀にヴィテーク家の領主によって建てられ、当初はゴシック様式でしたが、14世紀にはルネッサンス様式に建て替えられ、その後バロック様式の部分が加えられ、この異なる様式がうまく調和して現在の姿となっています。
城の塔はローゼンベルク家のヴィレムの時代に改築されたもので、高さは70メートルを越えます。
写真の様に、この塔に登るとチェスキー・クルムロフの町並みが360° 見渡せます。

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カルルシュタイン城

カルルシュタイン城
楽隊のファンファーレ 城内の案内板
カルルシュタイン城
カルルシュタイン城はプラハの南西約25kmの丘にあるゴシック様式の古城で、ボヘミア王であり神聖ローマ帝国皇帝でもあったカレル4世の命を受けて1348年に9年間かけて建設され、王族の住まいや財宝を保管する城として使われていました。
この城は戦争(1415年にヤン・フスが火刑にされフス派が起こしたフス戦争、1618年に国王の使者3名がプラハ城を襲った民衆によって窓から投げ落とされたプラハ窓外投擲事件を皮切りに起きた30年戦争)によって2回被害を受けたそうですが、19世紀に現在の姿に復元されました。

城から観える景色午前10時になると楽隊のファンファーレとともに開城されました。

城内は残念ながら撮影できませんでしたが、城から見える景色は城下の町並み、ボヘミヤの森、山など壮観でした。

魔女の人形などを売るお店 民族衣装を着た人形を売るお店
ボヘミアン・クリスタルのお店
丘へ登る道には観光馬車が走っていたり、魔女の人形やボヘミアン・クリスタル、武器・武具のレプリカを売る店など、個性的なお店が多く見ているだけでも十分楽しめます。

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旧市街広場 聖ミクラーシュ教会と個性的な建物

聖ミクラーシュ教会
聖ミクラーシュ教会 天井画とシャンデリア



聖ミクラーシュ教会は何度かの改修・改築後、18世紀初頭に現在の姿になった、2つの塔が目印のバロック様式の教会です。
ドーム式の天井には世界的にも有名なボヘミアングラスの絢爛豪華なシャンデリアが輝き、華麗な天井画とともに教会内は荘厳な雰囲気に包まれています。
夏季シーズンには室内楽やパイプオルガンを中心としたナイトコンサートも開催され、地元の人や観光客の人気を集めています。
そのほか、この旧市街広場にはみごとな装飾を施した個性的な建物があちらこちらに観られます。

プラハ 旧市庁舎と天文時計

旧市庁舎 旧市庁舎 正面入口
天文時計 天文時計
旧市街広場にある旧市庁舎は1338年に建築され、塔は1364年に建てられました。
その後、数世紀にわたって増築、隣接する建物の買収などを繰り返し現在のゴシック様式の建物となっています。
そのシンボルともなっている天文時計は1490年頃造られました。
縦に並ぶ2つの時計の上の方は、建設当時に信じられていた天動説に基づく地球の周りを回る太陽と月を表していて、現在の時刻を表示しています。
下の方はカレンダーになっていて内円には12星座が描かれ、現在何月かを表示しています。
その上がからくり時計で、正午になると窓が開き、死に神の鳴らす鐘の音とともにキリストの12使徒が窓の奥を通り、時計の上に現れる鶏が鳴いて終わりとなります。

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プラハ 旧市街広場

旧市街広場とヤン・フスの銅像
観光馬車
旧市街広場(中央はゴシック様式のティーン教会)カレル橋を渡り500メートルほど歩くと、プラハの顔ともいえ、各国からの観光客でいつも賑わっている旧市街広場に出ます。
周囲にはゴシック、ルネサンス、バロック、ロココなど各時代、各様式の美しい建物が並び、観光馬車が行き交い、中世の雰囲気を感じさせてくれます。
この広場は民衆蜂起など、チェコの歴史が凝縮された場所であり、中央には15世紀に宗教改革を先導した為、拷問・処刑されたヤン・フスの銅像が立っています。

カレル橋 カレル4世

カレル橋と橋塔
橋のたもとに立つ兵士像 似顔絵を書いてくれるお店
カレル4世像カレル橋のたもとには剣と盾を持った兵士の像が立っています。
また、橋の両端には橋を護る橋塔があり、橋の上では似顔絵を書いてくれるお店も何件か見かけました。
旧市街側の橋塔をくぐると、すぐ左側にこの橋を作らせたカレル4世の像が立っています。
カレル4世は1346年にボヘミア王、カレル1世が神聖ローマ帝国の皇帝に選ばれた時にカレル4世となりました。
その時、神聖ローマ帝国の首都はプラハに移され、プラハ城の拡張や、中欧初の大学、カレル大学の創立、カレル橋の建設とヴルタヴァ川東岸市街地の整備などの都市開発が行われ、ローマやコンスタンティノープルと並ぶ、ヨーロッパ最大の都市にまで急速に発展し、「黄金のプラハ」と形容されるほど隆盛を極めました。

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カレル橋 聖人像

聖ヤン・ネポムツキー像の台座を触る人 聖ヤン・ネポムツキー像の台座を触る人(クローズアップ)
キリスト像 聖母マリアと幼いころのキリスト像
カレル橋の欄干には両側に15体ずつ、合計30体の歴史的な聖人やチェコの英雄の像が建ち並んでいますが、特に観光客が集まっていたのは、聖ヤン・ネポムツキー像でした。
カレル4世の息子ヴァーツラフ4世は、ソフィア王妃を疑って、妃の聴聞司祭だったヤン・ネポムツキーから、妃の秘密を聞き出そうとしましたが、ネポムツキーは秘密を漏らすことを拒んだため、拷問にかけ殺され、夜のカレル橋からヴルタヴァ(モルダウ)川に投げ込まれたそうです。
そこに5つの星が現れて水面に輝やき、天が開いて神の祝福を示す棕櫚の枝を持った天使たちが降りてきたといいます。そのことから5つの星と棕櫚の枝がシンボルになっています。
その台座に触ると幸運が訪れると言われていて、訪れた人々がいつも触っていますので、その部分だけピカピカに輝いています。ぴかぴか(新しい)
その他、キリスト像聖母マリアと幼いころのキリスト像などもありました。

カレル橋 ストリートミュージシャン

カレル橋カレル橋はカレル4世の命によって1357年に建設が開始され、天才建築家ペトル・パルレーシュが手掛け、60年近くかけて完成したといわれるプラハで最古の石橋です。
全長516メートル、幅10メートルで、橋の両端には14世紀のゴシック様式の橋塔がそびえ、また橋の両側には30体の聖人像が並んでいます。
歩行者専用なので、様々な露店やストリートミュージシャンの演奏が楽しめ、いつも多くの人々で賑わっています。



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プラハ城 聖イジー教会 黄金の小路

聖イジー教会
聖イジー教会 黄金の小路
カフカの家 武器
甲冑 ドクロのモニュメント
プラハ城内には最も古い建物であるロマネスク様式の聖イジー教会があり、城内の東側には1579年にできた黄金の小路があります。
当時はこの辺りには城内の召使いなどが住んでいましたが、後にその一角に錬金術師たちが住むようになり、そのように呼ばれるようになったということです。
その中に作家フランツ・カフカが住み執筆をしていた水色の家があり、現在はカフカの書いた本やグッズが販売されていました。
そのほかの家も土産物屋さんやカフェなどになっていて、中世の武器や甲冑なども展示されていました。

プラハ城 聖ヴィート大聖堂

プラハ城
聖ヴィート大聖堂
聖ヴィート大聖堂(近景) 聖堂内
ミュシャのステンドグラス ミュシャのステンドグラス
聖ヴァーツラフ礼拝堂チェコの首都プラハは、かつてはボヘミア王国の首都として栄えた千年都市です。
大国に囲まれ何度も侵略されましたが、戦争による破壊を免れ、中世の町並みが今もそのまま残っています。
そのボヘミヤ王国を象徴するのが、このプラハ城です。プラハ城の建設は9世紀末に始まり、14世紀カレル4世の時代に現在の姿になりました。
16世紀までは歴代国王や神聖ローマ皇帝の居城、18世紀までは官庁として使用され、チェコ共和国(元チェコスロバキア連邦共和国)時代には大統領官邸となり、今も一部は大統領府となっています。
プラハ城は、世界でも最も大きい城のひとつであり、長さは約570m、平均の幅は約130mあります。
城内にはゴシック様式の聖ヴィート大聖堂、ロマネスク様式の聖イジー教会のバシリカと修道院、そして宮殿、庭園、尖塔も含め、千年間のあらゆる建築様式を観ることができます。
聖ヴィート大聖堂内は全長124メートル、幅60メートルで、ミュシャ(アール・ヌーヴォーとボーテンヌーボを代表するグラフィックデザイナー。「ミュシャ」という表記はフランス語の発音によるものであり、チェコ語の発音では「ムハ」。多くのポスター、装飾パネル、カレンダー等を制作。)のステンドグラスなどで聖堂内が埋め尽くされ、荘厳な空間を演出しています。
また、大聖堂内にある、聖遺物が保管された「聖ヴァーツラフ礼拝堂」は最も有名な場所で、壁の下半分は、1300以上もの半貴石とキリストの受難が描かれた絵で美しく飾られ、壁の上半分は聖ヴァーツラフの生涯が描かれています。

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